秋を実感〜『The Road/コーマック・マッカーシー』
昨日は昼前から夕方まで下田の白浜でサーフィン。つい先週まではウエット・スーツが必要ないくらい暖かかったですが昨日は気温が低い上に海上は風が強く、半袖のウエット・スーツでは寒いくらいでした。しかし長時間サーフィンをやっていて実感するのは自分の体力の無さ。少し荒れた波にもまれながらパドリングしていると腕は疲れて上がらなくなり、息が切れて少し休まないと波に乗れないという情けなさ、、、(嘆)。 幼稚園の頃から水泳を本格的にやり、高校生の頃は水泳部で一日10km、夏休みは30km以上泳いでいた体力はもはやみじんも残っていません。まずは基礎体力を取り戻す必要がありそうです。
コーエン兄弟の映画『ノーカントリー』の原作者としても有名なアメリカの作家コーマック・マッカーシーの新作。文明が崩壊し、死に行く大地を南に向かう父子の道のりを描いた作品ですが、救いのない荒廃した世界と、そこにまるでともし火のように存在し続ける父子の魂の在り方が心に迫る作品でした。
丁度少し前にshiosai関連の打合せで環境問題に関するエキスパートの方とお会いして様々なお話を伺う機会があったり、アメリカの金融不安が表面化し、「“グローバル”なんて聞こえの良い言葉の中身はその場しのぎの陳腐なものでしか無かったの?」なんて思わざるをえなかったりで、そんな“崩壊”“荒廃”への序章は我々のすぐ横に転がっていたりするわけです。小さな子供が続けて遺体で発見されるなんていう事件も同様ですね。
『The Road』に描かれる父子の旅にはゴールがありません。「~~~に辿り着けば救われる」という目標は存在せず、ハッピーエンドなど到底ありえない結末に向かって歩みを進めるのみです。そんな底知れぬ絶望と恐怖の中で父親はあらゆる手段を尽くして子供を守り抜こうとし、子供は天使のような無垢な魂を持続させる、、、。そしてそのすべての価値が崩壊した世界においてでさえ、人間的な正義を貫こうとする2人の生き方には、「“人間”とは、“誇り”とは何か?」と考えさせられ、ある種宗教的な重みも孕んでいるように感じられます。
小学生の頃に両親が買い与えてくれた日本画家全集に東山魁夷の作品集がありました。その中の『道』と題された絵が気に入ってその後高校を卒業するまで何かと言うと開いて見ていました。今でもどこかしら安心感のようなものを与えてくれる絵です。
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