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2008年10月の記事

アンディー・サマーズ自伝 part1

アンディー・サマーズといえばもちろんあのポリスのギタリストで、そのストイックなまでにシンプルで推敲に推敲を重ねたかのようなリフやアルペジオは所謂ギターヒーローの弾くギターとは違った強力な個性を持っていましたが、ポリス解散以降に続けて来たソロ活動では独特なジャズフィーリングを感じさせる素晴らしいインタープレイを披露していました。私は大学生の頃中古CDショップでみかけた『 World Gone Strange』を気に入って、ポリスのギタリストという認識も無く(笑。後で同一人物と知った時はビックリ!)よく聴いていました。トニー・レビン、ビクター・ベイリー、イリアーヌ、マイク・マイニエリ、といった有名どころが参加していますが当時はジャズなどほとんど聴いた事もなく、誰が誰だか分かりませんでした。でも聴きやすいメロディーを持ったインスツルメンタル・ミュージックでありながらデパートやコンビニに流れている音楽のようには聴き流せない重みを感じたりしていました。

その後アンディが元ソフト・マシーンのギタリストであるジョン・エサリッジとDUOアルバムをリリースし、ブルーノート東京へ来日した時に見に行きました。(これが私のブルーノート初体験!)アルバムが静寂なアコースティック作品だったのに比べ、ライブでは超絶的テクニックで弾きまくっていて圧倒されたのを覚えています。その後テクニック的には更に上を行くであろうギタリストも多く聴いていますが、存在感が違うというか、、、。ビル・ブラッフォード、ジョン・マクラフリン、ロバート・ワイアットなどロックとジャズを行き来するイギリスのミュージシャンには孤高の存在感や誇りを感じさせられる事が多い気がします。そこはやはり王国の住人である事、音楽的にもアイルランドやスコットランドなどの音楽のような牧歌的な下地、そして彼ら自身が作り出した偉大なるブリティッシュ・ロックの輝きであろうとも思います。

で、この『アンディー・サマーズ自伝』にはその辺のバックグラウンドを含めた魅力的なエピソードが満載なわけですが、前置きが長くなってしまったので続きはまた後日、、、(笑)。

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雄呂血@明治神宮

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一昨日は明治神宮で行なわれた映画上演会へ。現在開催中の東京国際映画祭の提携企画で、無声映画の名作『雄呂血(主演:阪東妻三郎)』を弁士付き、しかもリアルタイムで書き下ろしのサウンドトラックをオーケストラ演奏するという豪華企画! その音楽監督を日頃お世話になっている清水靖晃さんが手がけているという事で、これは見逃す訳には行かないという、、、。

無声映画に後から音楽をつけるような試みはギタリストのビル・フリゼールがバスター・キートンの映画に曲を付けたりなんて事もありましたが、実際に観るのは初めての経験でした。
こうした企画はどうしてもある種の実験性やマニアックな要素を感じさせるものですが、始まってみれば臨場感溢れる傑作エンターテイメントで、1時間半以上の上映があっという間に終わってしまいました。まず驚いたのが1925年に制作された作品とは思えない映画としての完成度の高さです。80年以上を経た我々が観ても何の不足もないどころか主題やストーリー、登場人物の心の動きを寸分の狂いもなく追いかける撮影手法、演技を演技と感じさせない役者、、、等々新鮮に思える部分も多々ありました。バッハやビートルズ、チャーリー・パーカー、等々を考えると音楽も同様かも知れませんが、偉大なイノベーター達が作り上げた作品は最初から極まっているのであって、そこから発展させる余地などほとんど残っていないのでは?なんて思う事が多々あります。 とにかく凄い映画でした。

清水さんの音楽は伝統的なクラシック〜ジャズから現代音楽までを横断する幅広さを持ちつつ、映画のストーリーをリードする一体感を伴っていて、流石に素晴らしかったです。私はどこかしら『蜘蛛巣城』や『椿三十郎』、『どですかでん』などの黒澤映画を観ているようにも思いました。こうしたメジャー感とアンダーグラウンドの境界線を表現出来るのは清水靖晃さんならではの仕事ですね。

スペジャルゲストで登場したフェンシング北京オリンピック銀メダリストの太田雄貴さん(チャンバラつながり。笑)のフェンシングも興味深かったですが、フェンシングはいまひとつ見所が分からないというか、、、笑。

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たゆたう

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妻が出産間近となり実家へ戻っている為、私は愛犬と共に勝手気ままな生活を送っています(笑)。愛犬は仕事やサーフィンへ行く時も、スタジオで楽器の練習をする時もいつも一緒について来ます。(写真はベースを演奏する私を見つめる愛犬。低音は好きでないらしく、音量を上げると隣の部屋に逃げて行きます。)そういえば“犬のサーフィン大会”なんてのがあるらしいですね。私もいつかロングボードに愛犬と生まれてくる娘を乗せて伊豆の海でたゆたってみたいと思っています。

たゆたうと言えば最近観た音楽ドキュメンタリーDVD『たゆたう/クラムボン』。昨年のツアーを追ったドキュメントで、渋谷の映画館で上映されていましたがレイトショーだったため見逃してしまったんです。この歳になると日本人のバンドものを聴く機会もほとんどなくなり(日本の音楽シーンではティーンエイジャー向けバンドが殆どですからね。)、クラムボンが唯一といってよい気がします。内容は「バンド続けててよかったよ。・・・続けてると、こんなことあるんだなあ!」とコピーにあるように、見ている方も高校生や大学生の頃に気の合う友人と組んだバンドの楽しさを思い出すもので、そんな共同体的繋がりを基礎に創意工夫を重ねて生み出される音楽のあり方は、ポップ・ミュージックの基本だな〜、なんて思いました。楽曲に鉄壁のアレンジを施し、立派なスタジオに高いギャラを払ってスタジオミュージシャンを呼び、非の打ち所の無い立派な演奏を録音して秀逸なミックスで仕上げる類いの音楽ももちろん悪くないですが、バンドに個々の個性を集約し、その時々のメンバーの趣向や人間関係をも取り込みつつ固められるバンド・サウンドは予定調和を打破して“あやうさ”さえも肯定するパワーを持っています。まあ、そんな事はポップ・ミュージックの歴史に存在した多くのバンドが残した偉業を見てみれば明らかですね。

こちらは「たゆたう」なんて雰囲気ではなく、あまり仲よさげでない人達(笑)。それでも一緒に音を出しているのはそれがバンドだからですね。所在なさげなブライアン・ジョーンズを尻目に仕上がって行く名曲『悪魔を憐れむ歌』ですが、もちろんゴダール作品だけに単なるメイキング作品なんて事ではありません。

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