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2009年10月の記事

ベル・エキセントリック

昨日の夕方知った「加藤和彦氏が軽井沢のホテルで自殺」のニュースには驚きと少なからぬショックを受けました。非凡な才能と独自のセンスで世界に出て行く事が出来た、というより、日本人だとかジャンルとかいう“くくり”を超越するスケールの大きさを感じさせるミュージシャン、と私は感じていました。氏の音楽は小学校の合唱で誰しもが歌う「あの素晴らしい愛をもう一度」から始まって、クルセイダーズ、もちろんサディスティック・ミカ・バンド、その後のソロ作品と親しんで来ましたが、中でも『ベル・エキセントリック』は極めつけの愛聴盤。ジャン・コクトー、ディアギレフ、ピカソ、ダリ、ストラヴィンスキー、ヘミングウェイ、シャガール、サルトル、アンドレ・ブルトン等々の芸術家が集う巴里の"狂乱の時代”に咲いた悦楽の宴を再現したコンセプトアルバムで、細野晴臣、教授、高橋幸宏、大村憲司、矢野顕子というYMOファミリーを引き連れてパリの城で録音された作品でした。私にとって、この作品はムーンライダーズがピエール・バルーと接近したり、清水靖晃さんがあえてボリス・ヴィアンの著作と同じ名をつけた『北京の秋』『うたかたの日々』、大貫妙子さんが教授と一緒に描いた一連のヨーロピアン作品、といった作品などと共通した世界観を感じさせるもので、それらの影響は自分の中で長い時間をかけて徐々に熟成されているように感じています。

そんなミュージシャンが、この時代にそういう人生の終え方を選んだという事に思いを馳せつつ、謹んでご冥福をお祈り致します。

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雑感(10.3)

先週はピアノの市川秀男さんにご自宅にお招き頂き、伺って長々と雑談をして来ました。市川さんの音楽、ピアノとの出会い、影響を受けた音楽家達、日頃の練習、ピアノという楽器への想いやかつて弾いた素晴らしい名器たちの思い出(市川さんはあのミケランジェリが来日した際にトラブルから差し押さえとなったスタインウェイを弾く機会があったそうで、「それはそれは素晴らしい楽器だった~。流石ミケランジェリ!」との事。)、そしてジャック・ディジョネット、ジョー・ヘンダーソン等のバンドに参加した際の話、山木秀夫さん、村上秀一さん、高水健司さん、渡辺香津美さん等々そのキャリア初期に市川さんが深く関わり、その後トップ・ミュージシャンとなった人々とのエピソードまで、延々3時間以上お邪魔してしまいました。しかし、戦後から長きに渡って音楽業界を生き、自身のピアニズムを追及してきた市川さんのピュアな精神が伝わるとても充実した時間を過ごす事が出来ました。

shiosaiからリリースした『ON THE OTHERSIDE OF SUNDOWN / 市川秀男&山木秀夫』は誇りに思える作品ですし、市川さん、日野元彦さん達がジョー・ヘンダーソンと壮絶なプレイで渡り合った『IN JAPAN』も本場アメリカのプレイヤーに憧れではなく、日本人の個性で対峙した稀にみる名盤でしょう。(71年の作品ですから丁度私が生まれた年です。この後市川さんはヘンダーソンにアメリカへ来て正式なバンドメンバーとしての活動を要請されたそうですが、様々な事情で実現できなかったとの事です。)

そう、shiosaiで制作中の“井山大今”作品の進行が遅れてしまっている為、よく問い合わせを頂きますが、制作はちゃんと進んでいます。ただ、何せメンバーそれぞれが長期のツアー、そして合間にレコーディングの仕事、と多忙を極めていて、ちょっとしたダビングの日程を合わせるのも数ヶ月先になってしまったりして、その調整が相当に大変です。現在あと2曲のダビングを残すのみとなっていますので、ファンの方々には大変申し訳ありませんがもう少しお待ち下さい。

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